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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)9689号 判決

原告 勧銀土地建物株式会社

被告 株式会社ニユーセンチユリー 外一名

主文

本件訴は、いずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「被告株式会社ニユーセンチユリーは原告に対し、別紙物件目録〈省略〉(二)記載の建物を収去して、別紙物件目録(一)記載の土地を明渡し、かつ金一、八七二、三七五円および昭和三九年七月一日以降右土地明渡済まで一ケ月金七四、八九五円の割合による金員を支払え。

被告中映株式会社は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物から退去して別紙物件目録(一)記載の土地を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

(1)  株式会社日本勧業銀行(以下訴外銀行または訴外会社という)は昭和二二年六月三〇日その所有にかかる別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)被告株式会社ニユーセンチユリー(以下被告ニユーセンチユリーという)に賃貸しおそくとも昭和三七年六月以降の賃料については一カ月金七四、八九五円、毎月二八日限り支払うとする約であつた。

(2)  原告は訴外銀行との間に、訴外銀行所有の不動産についての管理委託契約を締結し、本件土地を含む不動産について、賃貸借契約の締結、解約等裁判上および裁判外の一切の行為をなす権限を与えられている。

(3)  被告ニユーセンチユリーは、昭和三七年六月以降同三九年五月までの金一、七九七、四八〇円の賃料の支払を遅滞しているので、原告は、昭和三九年六月一八日および同月二二日、被告ニユーセンチユリーに対し、右延滞賃料を同月二五日までに一括して支払うべき旨同被告会計係員泉和子を通じ口頭をもつて催告をなした。

(4)  仮に右催告が有効でないとしても、訴外銀行と被告ニユーセンチユリーとの間には、同被告が賃料の支払を遅滞したときは、訴外銀行は催告を要せず、直ちに本件土地賃貸借契約を解除しうる旨の特約がなされている。

(5)  しかるに被告ニユーセンチユリーは、右期限を徒過し、同月三〇日に至るも右賃料の支払をなさないので、原告は、被告ニユーセンチユリーに対し、書面をもつて訴外銀行と被告ニユーセンチユリー間の本件土地賃貸借契約を同月三〇日限りで解除する旨の意思表示をなし、右書面は同年七月二日被告ニユーセンチユリーに到達した。

(6)  被告ニユーセンチユリーは、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有し被告中映株式会社は、本件建物を使用、占有してそれぞれ本件土地を占有している。

(7)  よつて原告は訴外会社の本件土地所有権もしくは、本件土地賃貸借契約終了による返還請求権に基き、被告ニユーセンチユリーに対しては本件建物を収去して本件土地の明渡しを求めるとともに、昭和三七年六月以降、昭和三九年六月三〇日までの遅滞賃料合計金一、八七二、三七五円および、昭和三九年七月一日より右土地明渡済まで一ケ月金七四、八九五円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、被告中映株式会社に対しては、本件建物より退去して本件土地を明渡すべきことを求める。

と述べ

被告両名の本案前の申立に対し、

原告「勧銀土地建物株式会社(代表者代表取締役三沢勝)」とあるのを原告「株式会社日本勧業銀行(代表者代表取締役武田満作)」と訂正する。すなわち、本訴の当事者は事実上訴外会社であるが、訴外銀行は信用業務を営んでいる関係上一般顧客との間の紛争のために社会の表面にその名を出すことを好まなかつたことから、請求原因第二項掲記の関係にあつた原告の名を使用したもので、この間の事情は被告両名の諒知しているところである。したがつて、本訴の原告は訴外会社であるから、その旨当事者の表示の訂正を申立てる。

と述べ、

被告両名の抗弁事実を否認した。

二、被告両名訴訟代理人は、

(一)  本案前の申立として主文同旨の判決を求め、その理由等として本訴の原告は勧銀土地建物株式会社である。しかるに、本件土地所有者にして被告ニユーセンチユリー間の本件土地賃貸借契約の当事者(賃貸人)は訴外会社であり、原告は訴外銀行から本件土地に関する裁判上裁判外の一切の行為をなす権限を与えられたと主張するものであるに過ぎない。権利関係の主体たる訴外銀行が別人格者たる原告に対して任意に訴訟追行権を与えることは、弁護士代理の原則と訴訟信託の禁止に背き、またその間に同一性もない別人格者間の本件当事者の表示の訂正申立は許さるべきものではない。

従つて原告は本件訴訟の当事者適格を有しない。

よつて本件訴は不適法な訴として却下さるべきである。

(二)  本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実中、原告が訴外会社から本件土地につき裁判上および裁判外の一切の行為をなす権限を与えられているとの点は不知、被告ニユーセンチユリーが賃料支払いを遅滞し、原告がその支払いを催告したことおよび無催告契約解除の特約がなされていることは否認し、その余は認める。

原告主張の泉和子は被告ニユーセンチユリーの従業員ではなく、被告中映(映画館)の従業員で出札係をしていた(但し、昭和三九年七月中に退任した。)者に過ぎない。したがつて、かかる者に催告したとしても、そのような単なる従業員に対する催告はその効力はない。また原告主張の無催告契約解除の特約は、それがなされたとしても、それは単なる例文に過ぎないものである。」

と述べ抗弁等として

被告ニユーセンチユリーは本件土地賃貸借契約に基き、本件建物を所有することによつて本件土地を占有し、被告中映は右占有権限に基き本件建物を占有して本件土地を占有しているものである。

仮に原告主張の本件賃貸借契約解除の主張が認められるとしても、以下に、述べるような本件事情のもとにおいては、原告の右解除権の行使は権利の濫用として許されないものというべきである。

(1)(イ)  被告ニユーセンチユリーは原告から右解除の意思表示を受けた日の翌日たる昭和三九年七月三日に、原告に対し、一回も支払いを滞つたこともないのに突然の解除通知に接したので、その間なんらかの手違いがあると思われたので、後日双方で調査したい旨意見を述べつつも、一応その主張の賃料額を提供したが受領を拒否され、その後も、原告に対し、該事情についての調査を申入れるとともに、未納賃料および遅延損害金については、ただちにこれを支払う旨再三申入れたが、同年一〇月一七日本件訴状が被告等に送達されたため、被告ニユーセンチユリーは原告主張の未納賃料および遅延損害金を供託している。

(ロ) 原告主張の未納賃料は一七九万余円にすぎぬのに対し、原告が収去を求める本件建物は、時価三億五千万円以上の価値あるものである。

(2)  仮に本件土地賃貸借契約の解除が認められるとしても、被告ニユーセンチユリーは原告に対し、昭和四一年八月二五日午前一一時の本件口頭弁論期日において、本件建物を時価をもつて買取るべく請求した。

と述べた。

三、証拠〈省略〉

理由

被告両名の本案前の申立について判断する。

本件記録によると、原告は訴状に原告として「勧銀土地建物株式会社(代表者代表取締役三沢勝)」と表示し、本件土地は訴外会社の所有で訴外会社はこれを被告ニユーセンチユリーに賃貸しているが、原告はその子会社として、訴外会社との管理委託契約に基き、訴外会社の所有する全不動産につき、その売却、賃貸、賃料の徴収、契約の解除明渡し等裁判上裁判外の一切の行為をなす権限をえて従来当事者としてその衝に当つてきているので、被告らに対し訴外会社の本件土地所有権もしくは賃貸借終了による返還請求権に基いて、請求の趣旨記載の判決を求めるとしていたが、その後本訴の事実上の原告は訴外会社であり、したがつて訴状には原告として「株式会社日本勧業銀行(代表者代表取締役武田満作)」と表示すべきところ、訴外会社は信用業務を営んでいる関係上、一般顧客との間の紛争の表面にその名を出すことを好まなかつたため、叙上の関係にあつた原告の名を使用して訴訟を遂行しようと考え、原告の名をもつて本訴を提起したものであると主張し、昭和四二年二月二一日付訴状訂正申立書をもつて、原告の表示を「勧銀土地建物株式会社(代表者代表取締役三沢勝)」から「株式会社日本勧業銀行(代表者代表取締役武田満作)」に訂正する旨申立てたことが認められる。

ところで、当事者の確定については、当事者欄の表示のほか、請求の趣旨および原因をも斟酌して、訴状の全趣旨から客観的にこれを判定すべきものと解するのが相当である。

このような点から本件訴状をみると、前記のように当事者欄に原告は勧銀土地建物株式会社と表示され、請求の趣旨には原告を本訴の給付請求者として掲げ、請求原因の記載をみると、原告は訴外会社所有の不動産に関する裁判上裁判外の一切の行為をなす権限をえて、すなわち、訴訟追行権をえて従来当事者としてその衝に当つてきているので、原告すなわち勧銀土地建物株式会社のために、前掲請求の趣旨どおりの判決を求めるというのであるから前説示した如く、本訴の当事者(原告)は、訴状の当事者欄に表示されているとおり、勧銀土地建物株式会社であるといわざるをえない。

もつとも、本訴請求原因中には、本件土地の所有者であり、かつ被告ニユーセンチユリーに対する賃貸人たる者は訴外会社であり、本訴はその所有権もしくは賃貸借契約終了に基く返還請求である旨記載されているけれども、叙上の経緯に加うるに原告自身本訴の事実上の原告は訴外会社であり、これを原告として表示すべきであつた旨の前掲訴状訂正申立書の記載に徴して本訴の原告が勧銀土地建物株式会社ではなくして訴外会社であるとすることは到底できない(なお、訴状の全趣旨からも、訴外会社が訴訟に本名を使いたくないので、自己の別名として原告の名を選んだとか、その他当初から訴外会社を原告とすべきところ、なんらかの手続上の不手際によつて「勧銀土地建物株式会社」が原告と表示せられるに至つたものとは考えられないのは勿論かえつて慎重に検討した結果によるものであることが窺われるところである)。

そして確定した当事者を別異の人格者に変更することは許されないと解すべきところ、本訴の原告を同一性のない異別の権利主体であること明らかな訴外会社に変更することは、当事者の変更というに帰するから、原告の本件当事者表示の訂正申立は、これを認めるに由ないものである。

次に原告が本訴の当事者適格を有するかどうかについて考えるに、前説示した如く、原告は本訴の訴訟の目的たる権利の帰属主体である訴外銀行から任意的に本件土地についての訴訟追行権を授与され、これに基いて本訴を提起追行しているという関係にあるから、右は、いわゆる任意的訴訟担当といわれる場合であると考えられる。

ところで、近時会社などを始めとして、事業経営が複雑化し、経済活動が広範囲に及ぶ等主として社会経済上の必要から、代理制度の活用のみならず契約に基き任意的にその所有不動産等の管理処分を他人に委ね、更には訴訟追行権を含めて委託する関係がみられるようである。そしてかような関係が時には極めて便宜に適つて重要な社会的作用を営んでいると共に、これが軽視しえない合理的な理由に裏付けられたものであろうことも否定し難いところである。

しかしながら、訴訟迫行権は、訴訟の目的たる権利の帰属主体について認められ、かつかかる主体がみずから行使すべきものとするのを本則とする訴訟法上の権能であつて、それは訴訟の任務構造や既判力等訴訟制度の関係をも顧慮したうえで是認されるものであり、これを無条件に認めるならば、弁護士代理の原則(民事訴訟法第七九条)を潜脱し信託法第一一条の趣旨にも牴触する虞があるから、全く権利主体の任意に与えうるものとすることはできない。したがつて規定が設けられていない任意的訴訟担当については、民事訴訟の一般原則にしたがい、法が明らかに許容する場合を除いては原則的にこれを無効とし、これを許容しても、弊害がなく、しかも訴訟担当の当事者間にこれを認むべき正当な特殊的関係がある等社会観念上これを認めるのが極めて合理的であるとされる場合に限つて例外的に有効とすべきものと解するのが相当である。

そこで、右見地に立つて、本件をみるに、訴外会社は明治中葉に創立され、国内各地に多数の不動産等を有する著名な大銀行であるが、信用面目をとくに重んずべき銀行業務を営んでいる関係上、右不動産等の管理処分に際して生ずることあるべき一般顧客との紛争の場にその名を表面化することを避けるため、一定の手数料を支払う旨約して、昭和三七年頃原告と本件土地を含む不動産について有償の管理委託契約を結び、これが管理処分に加えて、遅く共昭和三九年一月九日の契約の更新に際して、包括的に訴訟追行権を授与する旨を明示し、右契約の有効期間を同日から五年間とし契約事項の変更については、双方協議のうえ定める旨を約した。他方原告は昭和二九年に設立(当時の商号は勧銀ビルデイング株式会社)以来訴外会社と同一番地にあつて、不動産の所有管理、売買賃貸借、その仲介鑑定、土地造成、建築設計管理、金銭の貸付、日用品雑貨食料品の販売と飲食店の経営、建物の清掃、各種保険の代理、有価証券の保有等手広く営業していることが窺われるが、その設立以来商号中に訴外会社の略称とも思われる「勧銀」なる文言を冠し、また本件記録中の右両者の登記簿謄本によると、訴外会社代表者が原告の取締役にもなつており、原告の大阪支店が訴外会社のそれと同一番地にある等の事情は存するけれども、果して、原告が訴外会社の子会社というべき関係にあるものか否かについては、必ずしも明らかとはいえない。

なるほど、訴外会社が、仮にいわゆる普通銀行であるかどうかはさておき一般的に銀行は自他共に信用体面を重んずべきものとされ、しかも、各地に多数の不動産等を所有賃貸等しているような場合には、該業務の性質上顧客等の間に争訟を惹起し勝なものであることは容易に理解しうるものであり、前叙の如き事情のもとにある原告とはかなり密接な関係を保持しているであろうことも推察するに難くないところである。したがつて、訴外会社としては、任意的訴訟担当により、原告をしてその所有財産に関する訴訟追行をなさしむることが一応必要とされ、少く共便宜とされるであろうとは考えられるけれども、紛争に自己の名を示したくないとの意向もそれ程強い要請に基くものとは思われないうえ、誠実を旨とすべき訴訟の場における事柄としては、俄かに正当なものとはいい難くいまだもつて、叙上説示した如き特段の事情がある場合に当るものとは断定しえない。仮に前記管理委託契約に基いて一応原告が本件につきなんらかの固有の利益を有すべきものであるとしても、それについては被告らにおいて承認したものでもないし、被告らよりみれば、むしろ原告らの内部的関係にとどまり、その性質上結局本件訴訟の目的に直接かかわるべきものでないことが明白であるというべきであるからかかる事由によつては前判断をなすに妨げとなるべきものとは俄かに解し難い。しかして、右の如き事例は必ずしも他に少しとはせず、この程度の事由をもつて、ことに訴訟経済を顧慮して、これを許容すべきものとすれば、遂には個人間のそれにまで一般化して、たやすく認めざるをえなくなり、現行の訴訟法秩序を紊す等、極めて不当な結果に立ち至るべきことは明らかであろう。なお、原告の主張に拘らず、被告ニユーセンチユリーに対する賃料延滞を理由とする本件土地賃貸借契約解除の意思表示は、敢えて、紛争にその名を曝したくないとする訴外会社の名義(ただし、弁護士をその代理人としている)の内容証明郵便でなされ、また古いこと(昭和一五年一一月)ではあるが右契約は訴外会社において用意し、かつ訴外会社が、賃貸人と印刷表示された契約書用紙をもつてなされていることも認められるところである。

以上の次第で、他に本件訴訟担当を是認しうべき事由は認めるに足りないから、右は無効というべく、これが有効であることを前提とする原告には本訴の訴訟追行権は認められず、したがつて原告は、本訴の当事者適格を欠くというべきである。

よつて本件訴はいずれも不適法として、その余について判断するまでもなく、これを却下すべきものとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中橋正夫)

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